住谷昌彦、山田芳嗣 慢性疼痛症候群の標準治療 理学療法 2011;28(6):768-775

  • 痛みは、”an unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage or described in terms such damage (組織の実質的ないしは潜在的な障害と関連した、あるいはこのような障害と関連して述べられる不快な感覚的、情動体験)”と定義されている通り、身体のみ、あるいは心理のみの問題だけではなく、身体要因と心理要因は常に共存し、身体的な痛みの認知は心理因子によってさまざまに影響を受ける。よって、「痛みは身体だけの問題だから治療も身体に対してのみに行う」あるいは「心理療法心理的な問題を抱える疼痛患者に対してのみ有効である」などと考えるのは誤りである。
  • ”疾患は何らかの組織障害(だけ)に起因して発症する”とする生物医学還元モデル(論)が古来より医学分野では支配的であったが、慢性疼痛疾患はこの考え方だけでは明らかに不十分であり、生物心理社会的モデルの導入が必要である。現状の本邦の慢性疼痛診療では痛みの発生起源(=解剖学的障害)を検索することに評価が集中し、まだまだ心理的要因および社会的要因への評価・理解が不十分である。あるいは、患者の訴える痛みが治療抵抗性の際に、その説明として心理的要因や社会的要因を後付けして解釈するような姿勢がしばしば見受けられる。明らかな組織の障害の有無に関係なく、患者の痛みの訴えには常に生物心理社会的要因が含まれていることを銘記しなければならない
  • 慢性疼痛症候群の治療では、生物心理社会的モデルのすべての因子に対して多面的に対応しなければならない。その治療のゴール設定は、疼痛が十分に緩和することだけでなく、有意義な日常生活を過ごし、精神心理的な問題を持たないように設定する必要がある。つまり、治療ゴールを短絡的に疼痛の緩解と設定するだけでは不十分であり、また痛みが十分に寛解せず継続しても身体的障害に対して妥当なADLへの回復とそれに続くQOLの向上を目標にしなければいけない。
  • 総合的チーム医療を実践する際に、個々の医療者が治療の目標を漫然と「疼痛の消失」と設定してしまうと満足な治療効果を得ることが難しくなり、疼痛に対する不安や苦悩(suffering)を強め疼痛顕示行動(ドクターショッピングを繰り返したり、疼痛の重篤度をアピールするために患部を過剰にかばい日常生活活動度を著しく低下させたりするような病的な活動)を悪化させてしまう。このような疼痛顕示行動を回避するためにも、それぞれの専門分野について治療開始前にベースラインとしての患者の状態を評価し治療効果判定の基準とし、まず患者の努力によって達成可能な初期目標を設定し段階的に治療目標を高めていくことが重要である
  • 患者は薬物療法の実践に固執し、偽薬物依存pseudoaddiction(心理的高揚感を得ることを目的に薬物を摂取する薬物依存addictionとは異なり、痛みから解放されることを目的に執拗に薬物を求めること)と呼ばれる病的な行動を繰り返してしまう。
  • ADLの向上のためには、痛みが組織障害に伴う認識(急性痛モデル)から、有意義な日常生活を過ごすために治療が必要であると認識させる問題解決型の”と痛みとの付き合い方”を教育しなければならない。