慢性疼痛治療の新戦略

RD フィールズ 慢性疼痛治療の新戦略 日経サイエンス 2010;40(2):37-44

  • けががなおったにも関わらず、いつまでも消えない慢性疼痛に苦しむ人は少なくない。その多くは、興奮しすぎた痛み感知ニューロンが、理由もなく痛み信号を出し続けることが原因だ。
  • 神経細胞に直接働きかける従来の鎮痛薬では、こうした異常な痛みはほとんど抑えられない。ニューロンを過敏にしているのは、グリアと呼ばれる脊髄や脳にある別の細胞の働きだからだ。
  • グリア細胞ニューロンの活動を常に監視し、ニューロンが正常に、効率よく機能するように補助している。しかし強い痛みがある時には、本来の働きが裏目に出て、痛みを弱に長引かせるように働いてしまうことがある
  • グリア細胞の機能不全によって生じる痛みには、従来の鎮痛薬は効かない
  • 大脳皮質は、命が危ういような状況がもたらす極度の興奮状態では、痛み信号をむししてしまう。自然分娩の際には、女性のからだはエンドルフィンという低分子たんぱくを放出し、痛み信号が脊髄に伝達されるのを抑える
  • 抑制がはずれた状態があまり長引くと、DRGニューロンの感度が異常に高まり、そとからの刺激がないのに痛み信号を発し続ける状態になる。これが、神経障害性疼痛がおこる最大の原因だ。
  • 神経の感度がたかまると、痛みだけでなくジンジンするような灼熱感、ムズムズする感じ、感覚が鈍くなる感じなど、さまざまな知覚異常が生じる
  • これまでの研究で、痛みをともなう損傷に反応して神経の感度を増す物質を放出するのは、ニューロンだけでないこともあきらかになってきた。
  • ニューロンが傷つくと、グリア細胞は成長因子を放出して神経の生存と修復を促進したり、免疫系の細胞に働きかける物質を分泌して感染と戦ったり、治癒過程のスイッチを入れたりする。しかし最近では、グリアのこうした機能、つまりニューロンに栄養を与え、活動を促進する働きが、神経の異常な過敏状態を長引かせる原因にもなっていることがわかってきた
  • アストロサイトは急性疼痛の伝達には明確な関与をしてないことが示された
  • アストロサイトが神経損傷の後で起きる慢性疼痛の発生に何らかの役割を果たしていることが明らかになった。
  • 炎症性サイトカインの別の作用(疼痛神経線維の感度を大幅に高める)によってケガの周辺部の痛みが生じる
  • 神経系でのサイトカインの供給源は、原則としてニューロンではなくグリア細胞
  • 負傷に対するグリア細胞の初期応答は、治癒を促すには有益だが、反応が激しすぎたり、長続きすぎたりすると、止めようのない慢性疼痛を引き起こす。複数の研究グループが、グリアからニューロンを過敏にする因子を延々と出し続け、炎症シグナルを長引かせて神経障害性疼痛を発症させるフィードバックループについて発表している
  • グリアの働きを抑えることによって神経障害性疼痛を治療する実験的研究の中で、グリアそのものを鎮静化する方法や、炎症の引き金となる分子やシグナルをブロックする方法、そして炎症を抑える信号を送り込む方法などが注目を集めている
    • プロペントフィリン アストロサイトの活動を抑制
    • グリア細胞の表面にあるトール様細胞(toll-like receptor;TLR) TLR-4を抑え込む化学物質
    • マリファナ カンビノイド CB2受容体を活性化すると痛みが緩和 CBG1受容体を活性化させるとマリファナの精神活性化作用  慢性疼痛が進行するにつれ、ミクログリアのCB2受容体の数が増える
  • モルヒネ注射を続けた時グリアに起きた変化は、負傷により神経障害性疼痛を発症した時の脊髄のぐらに起きる変化と全く同じだった
  • アストロサイトを失ったラットはモルヒネ耐性にならず、グリアが何らかの形で耐性に関与していることが示唆された
  • グリアがモルヒネの鎮痛作用を妨げるように働いていることを強く示唆
  • モルヒネの効果を低減するというグリア細胞の作用は、神経回路の活動のバランスをとるというグリア本来の仕事に沿ったものだ。麻薬が痛覚回路の感受性を弱めると、グリアは神経刺激性物質を放出して、神経回路の活動を正常レベルに引き戻す。この状態が続くと、グリアの作用によって疼痛ニューロンの感度が徐々に上がっていく。ここで薬をいきなり止めると、痛覚回路を鈍くしていた麻薬性鎮痛薬の効果が急激に失われ、ニューロンが激しく発火し、極度の過敏状態やつらい禁断症状をもたらす。
  • グリア細胞の活動抑制は、マン氏得疼痛の緩和のみならず、麻薬性鎮痛薬を用いる患者が依存症に陥る危険を減らす鍵となりそうだ。