交通事故後の遷延した疼痛

平林冽、高山真一郎 交通事故後の遷延した疼痛 麻酔 2010;59:1350-1356

  • 大人ほど他罰性を認識しない小児や他罰性のない自己の過失による事故では、痛みはまず遷延しないといえる
  • 交通事故で同じ頸部挫傷を受傷したとしても、本人には過失がなく追突された患者と、自分にいくぶんかでも過失があって衝突された患者とでは、治り方だけでなく、受診の有無・頻度にも大きな差異がある。生体がもつ自然治癒能力に較差がないとすれば、その差異は他罰性の有無とその程度による差異でしか説明されない。他罰性とはこの場合、司法のせかいで言う加害者への賠償・補償請求権である。医学的には疾病利得と表現される心理的病因の発現・進展を意味し、その有無と程度が頚部挫傷を典型にした交通事故被害者の予後を大きく左右することになる
  • 予後への不安が小さければ、他罰性向は小さくてすみ、予後も良好となる。その逆に不安が大きければ、予後は不良となり、賠償請求額も過大となるのが通例である。したがって、特に初診医での対応(診断、説明、治療方針)に慎重な配慮がもとめられる
  • 慢性難治化しやすい外傷性頸部症候群(頚椎挫傷、頚椎捻挫)では、しばしば外傷以前の問題として患者に既存する精神神経科的素因の関与も大きい。
  • 患者に納得してもらうためには、その前提として初診時から患者の訴えに耳を傾け、かつそれを受け入れる受容的態度で患者に接することが必要不可欠である
  • ”予後について心配要らないこと””頚椎固定装具も、ましてや入院の必要もないこと””過労や激しい運動を除けば、日常生活や社会生活も通常通りでよいこと”などを説明し、患者の不安軽減に努める
  • この間、X線検査でみられる無症候性の”変形性脊椎症所見”や”頚椎前彎消失ー角状後彎所見”に交通事故起因性を示唆するような説明をすることは厳につつしまなければならない。まして、それらの所見が患者の愁訴の病因となっていると誤解されるような説明は、患者の不安だけでなく、他罰性をも増大させる可能性が大きい。このことを医療者がは銘記していなければならない
  • その後、診療を続ける間、”いくら費用や時間はかかっても完全によくなるまで治療してもらう”という他罰性と表裏の関係にある患者が持つ被害者意識、つまり社会復帰を妨げる医療依存性を極力抑制することに努める
  • 少なくとも現時点では、他覚化も客観化もされえない疼痛という自覚的愁訴は、他罰性と不安という心因によって修飾される場合、過大で長期にわたる頑痛となりやすい。さらに社会心理的な要因があったり、基盤として性格的素因に抑うつ、あるいは解離性障害があれば、ますます慢性難治化して当然といえる
  • CRPS-Iの痛みを増大させる要因として心理的ストレスや感情的な苦悩(distress)が存在することには異論はない