半場道子 脳からみた慢性疼痛 脊椎脊髄 2011;24(5):565-569

  • 本稿では、1末梢組織の傷口はすでに治癒しており、器質的に痛みの源や原因の特定が不可能で、消炎鎮痛薬、神経ブロックなどの除痛治療も十分に行ったにもかかわらず痛みが長期に続いている、2食欲や意欲の低下、睡眠障害があり、痛みへの不安や恐怖感、イライラした精神状態、社会的孤立感がある、3家族や職場そして医師からも、「本当はどこも悪くないのではないか?」と疑いの目を投げかけられる状態にある、というような痛みを対象に論を進めたい。
  • 機能的脳画像解析からみた慢性疼痛
    • 慢性疼痛では、”必ず存在するはずの痛みの源”は末梢組織に見つからない
    • pain matrix fMRI脳画像で、侵害刺激に対応して賦活化する神経核(S1,SII,島皮質)
    • 慢性疼痛の理解には従来の痛みの概念とは別の考え方が必要である
    • 慢性疼痛の脳機能画像上で、健常者と異なる賦活パターンが見つかるのは、辺縁系大脳基底核や中脳の神経核である。これらは系統発生的に古い皮質にあり、痛みの不快な忌避感情、不安・恐怖などの情動処理にかかわる神経核を擁している。
    • 旧皮質は、”生命を守るために”重要な感覚情報を網羅し、”生存を維持するために”さまざまなpositive actionを起こすが、その一つとしてdopamineやopioidを分泌して痛みの制御を行う。この痛みの制御機構が慢性疼痛患者では機能低下していることが示唆されている。
    • 謎を解く鍵として注目されるのは、mesolimbic dopamine systemである。このdopamine systemは心理学では「快の情動系」「報酬回路」と呼ばれ、快との関係で研究されてきたが、実は「痛み」も操り、慢性疼痛の機序にも影響することが最近分かってきた
    • mesolimbic dopamine system
  • mesolimbic dopamine systemと痛みの制御
    • dopamineが側坐核ニューロンを興奮させると、「快感」や「達成感」を味わい、そして快感や達成感を得たことで、さらに努力を重ねる動機付けとなる
    • 健常者でも、痛みが大きくなればdopamineもopioidも多く放出され、痛みが抑制される。意識の上ることはないが健常者にはこのような中枢性制御機構が機能している
    • なんらかの原因でdopamine and opioid systemがうまく機能しない場合には、些細な痛み刺激に対して「痛い!痛い!」と悲鳴をあげるような、痛覚過敏の状態に陥る。
    • 慢性腰背部痛患者においてもdopamine systemの機能低下を示唆するfMRI画像が得られており、多くの慢性疼痛にFMと共通の機序が考えられる。
  • 線維筋痛症とdopamine代謝
    • 一連の研究によって、「全身のあちこちが飛び上がるほど痛い」、モルヒネも効かない痛みの正体が、鎮痛機構の機能低下という形で津型を現してきた。末梢組織に痛みの源がみられなくても、中枢における鎮痛機構が正常に機能しなければ「痛い」のである。
  • 本稿では、dopamine and opioid systemと報酬回路の中心となるNAcに記述を絞ったが、この経路はACCや中脳水道灰白質(periaqueductal gray:PAG)と連絡し、下行性痛覚抑制系につながる。また、NAcは隣接するVPとともに、視床下核視床帯状皮質ー前島皮質を結ぶ大きなループをなしているため、NAcの活動低下は、認知機能、情動や記憶、運動など、広範な精神・神経機能に影響を与える。慢性疼痛では、ある特定の神経核灰白質密度が減少し、脳萎縮が見られるが、この減少にもdopamine性投射の消失が原因となることが示唆されている