慢性疼痛の心理療法 森田療法の観点から

中村敬、川上正憲 慢性疼痛の心理療法 森田療法の観点から 脊椎脊髄 2011;24(5):421-425

  • ICD-10 慢性疼痛に相当する持続性身体表現性疼痛障害の定義
    • 痛みは、主要な原因として影響を及ぼしていると十分に結論できる情緒的葛藤や精神的社会的問題に関連して生じる
  • 認知療法では、患者の感情、認知(思考)、行動が慢性疼痛に影響を及ぼすことが指摘されている
  • たとえば、痛みに対する恐怖と予期不安が、患者の機能や痛みに対する耐性のレベルに重要な影響を及ぼしている
  • また、痛みが進行する組織損傷や疾病の悪化の徴候として解釈される場合、あるいは明らかな原因が見出されない場合には、より苦痛や行動の機能不全をもたらしやすい。
  • さらに、痛みを防ぐための回避行動が功を奏している限り、患者は行動しないほうが良いという信念を維持しがちである
  • こうしたことから、認知行動療法では、痛みに関連した否定的な感情や思考が非適応的な行動を維持する役割を担っており、感情、認知、行動および生理学的反応が相互に関連しあっていることに気づかせていく
  • 認知行動療法よりはるか以前に、患者の注意や意識の在り方が痛みという知覚に影響を及ぼすことを自覚していたのが、森田療法を創始した森田正馬である。
  • 神経質性格の人々は、痛みなどの異常知覚に対して、「どんどん悪くなるのではないか」といった予期恐怖や、「深刻な病気の現れでないか」といった心気的懸念を抱きやすい。
  • そのような恐怖や懸念に駆られて患者の注意が疼痛部位に集中すれば、痛みはより敏感に感知される。
  • その結果、恐怖や懸念は一層つのり、ますます注意は疼痛部位にとらわれる。
  • さらに、よく恐怖から必要な行動をも回避するようになると、四六時中痛みと向き合う生活に陥っていく。また、神経質性格の人々の完璧主義的傾向が、痛みの原因を究明し除去しようとすることに発揮されれば、結果としてドクターショッピングやさまざまな身体医療の遍歴ん帰結することにもなる
  • そこで森田は頭痛を訴える神経質患者に対して、あれこれ原因を詮索することはやめて、苦痛は苦痛としてなすべきことに打ち込むように助言したのであった。
  • 疼痛そのものを治療対象とする代わりに疼痛へのとらわれを治療対象とした森田療法的アプローチをとった
  • 主治医の基本的な治療スタンス
    • 痛みがあってもできることはある。
    • 痛みの有無にかかわらず、取り組むべきこと、取り組みたいことには積極的に取り組んでいくように促した
  • 私には自分を変えようとせず、周囲は自分の思い通りにコントロールしようとするところがあるということに気づいた
  • 仮に器質的障害があったとしても、これまで多くの治療期間で精査しても異常がみつからないことを考えると、今日の医療水準では直ちに障害をみつけ痛みを除去することは期待しがたい。抗うつ薬を中心にした治療を行うが長期戦が予測されるので、のこりわずかの休職期間までに直そうとするのではなく、退職も視野にいれて今後の生活設計を考えていくことが現実的であると助言した
  • 痛みそのものの解消でなく、痛みにとわられた生活からの脱却を目指すという森田療法の基本観点
  • 神経質性格の人々では特に痛みなどの身体感覚と注意とが悪循環に作用して、感覚が増強する。さらに原因を追求しようとする完全主義的な傾向は一層のとらわれをもたらし、また、痛みの回避行動は、結果として痛みの中心の生活を招来することになる。そこで、森田療法では痛みそのものを治療対象にするのではなく、痛みがあってもできること、なずべきことを実行に移してそこなわれた生活を立て直しことを奨励し、とらわれからの脱出を促すのである。
  • ただし、周囲が本人の苦痛をなかなか理解しようとしないことに対して怒りや恨みの感情が内攻しているような症例には、性急に心因への洞察を促すと拒絶を招くことがある。そのような可能性が想定される場合には、器質的要因の関与を全面否定せず、注意と感覚の悪循環は「増悪因子」として控えめな説明にとどめたほうが、治療中断のリスクは少ない。