山下真、細井昌子、嶋本正弥、野村幸伸、小幡哲嗣、富岡光直、久保千春 強い医療不信を示した難治性疼痛障害に、老年期孤独感を対象とした家族療法が奏功した症例 慢性疼痛 2008;27:93-98

  • 症例
    • 痛みの破局化が著明で、TAS-20では外的思考が高く失感情傾向が認められた
    • 入院一ヵ月後、自分の家族に対する思いが痛みに関係しているかもしれないと主治医に語りだした
    • 患者は家庭で強い孤独感を抱いていたことが明らかになった
    • 家族療法を導入して患者の孤独感の解消を治療目標とした
    • 治療者から、「これからは家族と余生を幸せに生きるか、孤独に生きるかの2つのうちどちらかですね」と葛藤を直面化した。そこで患者が、「家族と幸せに生きる」と決意したことが、治療の大きな転機となり、以後徐々に疼痛の自覚的改善とともに、疼痛行動も改善を認めた
  • 考察
    • 医療不信を強く訴え、家族のみならず、治療者側にも強い心理的圧迫を与える疼痛行動を示していた老年期慢性疼痛難治例の症例において、痛みの感覚成分に対する治療よりも、治療対象を「疼痛行動、医療不信、家族との交流不全」においた心身医学的治療、特に家族療法が奏功することが示された
    • 患者の思考は薬物療法による疼痛の速やかな軽減と、疼痛の原因追求に占拠されているように観察され、苦悩の中心は、患者の外部で起こった不運を嘆くものであった。
    • その後徐々に患者と治療者との間で、疼痛以外の話ができるようになったことが転機となった。
    • 患者は家族への不信感をもち、しかし、孤独感に耐えることもできず、その葛藤に苦悩していた。
    • 疼痛の不快感に孤独感が深く関与していたと考えられた
    • 患者は自身のこれまでの行動が、家族の負担を伴っていたことを振り返り、家族は患者が以前より人間不信や孤独感を抱いていたために強い医療不信を示していたことを理解した。
    • 本症例の治療過程において、患者の孤独感が症状の持続・増悪に関与していることを評価し、治療目標としたことが、難治例打開の要点であったと考える
    • 老年期の慢性疼痛では、家庭内での葛藤から孤独感が、慢性疼痛の苦悩の背景にあることがある。よってこの視点が、難治例打開の鍵となりうることが考えられた。
    • Romano 慢性疼痛患者は家族に対する葛藤が強く、家族の絆、連帯感といった意識が低い傾向にあり、これが心理的ストレスに関連していると報告している
    • Swanson 家族は、「患者は実際の疼痛の自覚より、さらに強調して訴えている」と患者を観察しているという
    • 患者側の孤独感に対する苦悩、家族側の患者の疼痛行動に対する苦悩の両者を理解した上で、家族療法を行った。家族療法により、患者・家族はお互いの苦悩を理解した。患者が、「今後は家族とともに幸せに生きていく」と決意した一方、家族も患者を暖かく受け入れた。家族の受容がまた、患者の疼痛の軽減、疼痛行動の現症へと寄与した。
    • Payneら 家族が、慢性疼痛患者の病態と治療結果に強く影響を与えると述べている
    • Kernsら 慢性疼痛患者の治療に家族を組み入れることは、患者自身の治療のみならず、家族に対しても多大な恩恵をもたらすと述べている
    • Florら 家族がどのように慢性疼痛患者に関わっているかを評価することは重要である。