慢性疼痛に対するアプローチ −その基本的な考え方

児玉謙次、高橋成輔 慢性疼痛に対するアプローチ −その基本的な考え方 こころの臨床ア・ラ・カルト 1994;13:9-14

  • 痛み、特に慢性疼痛の診療に際しては、痛みの背景にある神経系の機能についての理解を基盤として、痛みが不快な感覚および情動体験であり情動によって大きな影響を受けるという心身相関の問題を理解することが重要である。
  • 痛みは自分自身をその感覚対象とする主観的な意識内容であるため、痛みの体験を他人と共有することができないという特徴がある。このことは、痛みの強さや性質を客観的に評価することがきわめて困難であることを意味している
  • 痛みを理解する上で重要なのことは、痛みが不快な感覚体験ばかりでなく情動体験であるという点である。とくに慢性疼痛を考える場合、痛いという感覚に加えて、不安や恐怖、怒り、怒り、いらいら、うつ状態など情動的側面が慢性的に存在し、さらにそのために不眠や食欲減退、精神機能低下などをきたして、社会生活が営めなくなっていることを認識しておかなければならない。
  • 治療によって痛みは相変わらず続いているが気にならなくなり社会復帰できるようになれば、治癒したと評価することができる。
  • 慢性疼痛を急性痛に対するものとして捉えると、急性痛は前述のように警告信号としての意味をもち、疼痛時に不安、緊張、恐怖などの情動面の変化にともなって脈拍や血圧などの自律神経系の反射や反応を呈するのに対して、慢性疼痛では通常そのような自律神経系の変化を伴わないことが多く、抑うつ状態や不眠、いらいら、精神機能低下などの症状を呈し、あたかもそれ自体が独立した疾患のような病態と理解することができる
  • すなわち、慢性疼痛は痛みそのものだけでなく、それに伴うさまざまな症状や訴えを含めた一つの疾患であるという認識を持つことが臨床的にきわめて重要である。
  • 慢性疼痛の治療においては、痛みが不快な感覚および情動体験であり情動によって大きな影響を受けるという理解と経験に基づいて、図1に示すように痛みに身体的要因(その痛みが侵害受容性のものか?非侵害受容性のものか?またはそれらが混在したものか?)のみならず、情動の背景として存在し痛みの増悪因子や持続因子となる環境要因や心理的要因の関与の可能性などについても分析し、個々の慢性疼痛のメカニズムを明確にする必要がある。
  • 慢性疼痛の診療に際しては慢性疼痛を痛みそのものだけでなくそれに伴うすべての症状や訴えを含めた一つの疾患として認識することが重要である
  • 私たちは慢性疼痛の治療目標を痛みをゼロにすることにはこだわらず、まず慢性疼痛が存在することによって患者が失っているものを取り戻すこと、すなわち痛みのために、“眠れない”、“食欲がない”、“身体を動かせない”などの訴えに対して、睡眠、食生活、運動能力という生きる上での基本となる営みを取り戻すこと、次に痛みを増悪させるたり持続させたりしているものを取り除くこと、すなわち図1に示すような心理的要因や環境要因のうち該当する問題があればそれを解決することによって社会復帰可能な状態にすることを治療目標にすべきと考えている。
  • 慢性疼痛は不快な体験であり、そのために満足すべき社会生活が営めないことが問題であることは疑う余地のないことであるが、私たちは治療によって痛みはコントロールできたが、その結果自殺を企図した症例を経験した。
  • 痛みがこの患者にとって情動表現の手段あるいは他人とのコミュニケーションの手段として存在していた可能性を示唆している。
  • このように、慢性疼痛の治療に際しては各症例ごとに痛みの意義を考察し、痛みがコントロールできた後に生じうることを予測し、それに対処できることを前提として治療に臨むべき場合があることを忘れてはならない。
  • 慢性疼痛のメカニズムは未だ不明な点が多いが、“痛みは我慢すべきものである”とか“とか”警告信号である痛みをむやみに取り除いてはいけない“などの考え方は今や否定されており、痛みの持つ意味を正確に理解し、それに適切に対処しなければならない。そのためには患者が訴える痛みのメカニズムを詳細に分析し、包括的にアプローチすることが重要である。