細井昌子 特集慢性疼痛の心身医学 心身医 2010;50:1122

  • 慢性疼痛を持つ患者の治療対象が混とんとしたままで生物医学的観点のみの評価と疼痛の自覚的訴えの強さに基づくオピオイドを漫然と処方されると、慢性疼痛症例がさらに複雑な形で難治化することが懸念されます。

安野広三、細井昌子、柴田舞欧、船越聖子、有村達之、久保千春、須藤信行 慢性疼痛と失感情症 心身医 2010;50:1123-1129

  • 失感情症 alexithymia 1972 Sifneos
    • 1 感情を認識し、感情と情動喚起に伴う身体感覚とを区別することの困難
    • 2 感情について語ることの困難
    • 3 空想力の乏しさ、限られた想像過程
    • 4 自己の内面より外的な事実に関心が向かう傾向、などで特徴づけられるパーソナリティ特性
  • 疼痛の定義 痛みとは組織の実質的または潜在的な障害に結びつくか、このような障害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚体験・情動体験である 1994
  • 痛みに感覚系と情動系の異なる経路があるという認識は、慢性疼痛を考えるときに極めて重要である
  • Taylor 失感情症の人々においては、情動喚起に伴う身体感覚を、イメージや言語と関連付けて象徴化していないため、情動的覚醒が高まった状態で随伴する身体感覚を情動反応の一部ととらえることができず、その身体感覚のみが意識化され過度にそれに注意集中する。そして、それを病気の兆候として誤認するのだろう
  • 失感情症群では情動体験を、より身体感覚として体験している可能性が脳画像においても示唆された
  • 失感情症の人々は、恐怖など不快な情動刺激に対しての反応性は低く、適応的な対処行動を起こさないまま過剰に情動を抑制する傾向があるといわれている。
  • 情動喚起による本能的な脳の反応は、その情動を認知的に処理することにより前頭前野からトップダウンで調整されるという可能性が示唆された。失感情症では情動の認知的処理に問題を抱えているため、この調整システムがうまく機能していない可能性も考えられる
  • Lumley 健康に関する問題は、「身体疾患」そのものと、「疾病行動」(症状の訴え、受療行動、生活機能障害、気分の障害などを含む)と2つの要素があるとし、失感情症が両者へ影響を及ぼす経路には生理学的反応、行動、認知、社会的要因を介する4つがあると提唱した。
  • 失感情症は不快な上行性刺激に対する脳の反応性の亢進を引き起こす可能性が示唆された
  • この身体刺激に対する不快感への過敏さは、不快な情動刺激に対する認知レベルの反応性の鈍さと対照的である
  • Bass 疼痛の増強・維持に影響を与える情動・認知要因 不安感受性・身体化傾向、痛みへの予期不安、心気傾向、破局的思考、抑うつ、自己効力感の低さなど これらは失感情症と何らかの相関
  • 対人交流における失感情症の問題として情動表現や葛藤処理の困難さはよくいわれてきたが、共感性の低さも指摘されている
  • 重要他者や治療者との交流不全がある場合、疼痛の訴えが唯一のコミュニケーションの手段として機能することがあり疼痛行動が強化維持されることもある
  • 社会的な疎外感、孤独感、劣等感などの苦痛は、「社会的痛み」として身体的痛みによくたとえられてきた。「体の痛み」と「社会的痛み」は脳では同じ痛みとして処理されている可能性が示唆された。
  • 痛み体験に関しては、「体の痛み」の不快の情動を処理する部位と、「社会的痛み」からくる不快な情動を処理する部位とが脳では共有されているとすると、失感情症傾向の高い慢性疼痛の人々が両方の痛みを同時にもった場合、それぞれの不快な情動を何に由来するものなのか認知的に区別することは難しくなるかもしれない
  • 実臨床での難治性慢性疼痛患者の診療過程で、疼痛とは独立して重要他者との葛藤や交流不全、低い自己価値観による苦悩など深刻な「社会的痛み」も同時に抱えていることが明らかになるケースが非常に多い
  • 一般に患者・家族、医療者は痛みを「痛み感覚」のみでとらえている場合が多い。通常の疼痛に対する薬物・処置による治療が奏功しないと痛みは理解できないものとなってしまう。場合によっては医療者や家族が“気のせい、いやなことから逃げている”などと一転して痛みの存在を否定し始めることもある
  • 心身医学では、慢性疼痛の人々が感じている痛みを「痛み感覚」+「痛みに伴う情動的不快感」+「社会的痛みの不快感」ととらえている。しかし、失感情症傾向の高い患者自身は、それぞれを区別して認知することは非常に困難で、「痛み感覚」ばかり訴える
  • 難治性慢性疼痛の治療においては、痛みを「痛み感覚」+「痛みに伴う情動的不快感」+「社会的痛みの不快感」ととらえる生物心理社会的視点を理解し共有することが重要であると思われる。
  • 一般に慢性疼痛の痛みは、もはや警告信号の意味を失った価値のない存在のように表現される
  • しかし、生物心理社会的視点で慢性疼痛患者と向き合う中では、慢性疼痛もやはり、その人に認知・行動パターン、対人関係、ライフスタイルなどを見直す必要があることを教えてくれる警告信号の側面をもっているように思えてならない
  • 否定的感情や疼痛体験に真摯に向き合い、その情報の意味を理解し「調整する」ことは、よりよく生きるために重要なことと思われる。