疼痛診断におけるfMRIの可能性 麻酔 2009;58:1350-1359

  • 疼痛関連脳部位 pain matrix 弁別、情動、認知という痛みの3成分のいずれかを担う
  • fMRIの原理
    • fMRIは脳血流の絶対的変化をとらえるものではない。神経活動を高めた神経細胞の周囲には酸素飽和度の高い血液が出現する。ヘモグロビンの酸素飽和度が高まると、その局所においてT2*強調像でMR信号が増強する。これを、blood oxygenation level-dependent(BOLD)効果という。BOLD効果は、神経活動に対して5-6秒遅れて出現する(hemodynamic effect)。このようなBOLD効果を、2-3秒ごとにT2*強調MRIにより検出する技術が、fMRIの本質である
  • fMRIに必要な機器
    • 1.5T MRI
    • 3T MRI 0.1%オーダーの微弱な信号変化を検出できるが、静止磁場強度が高くなるほど画像のひずみが大きくなり、脳の一部、特に前頭葉内側部の信号強度が著しく損なわれる(susceptibility artifact)
    • BOLD信号を検出するには、T2*強調画像を高速エコープラナー画像法、もしくはspiral imaging 法により撮影する必要がある。
    • head volume coil single-channel式、multi-channel式
  • MRI検査法
    • 痛み刺激パラダイム 数分間のfMRIスキャン中にどのような強さの刺激をどのようなタイミングで与えるか
      • ブロックパラダイム 一定の強さの刺激を原則的に与えたり消したりする。簡便でBOLD信号検出力が高いが、慣れと期待の要素が混入する恐れあり
      • 事象関連パラダイム 比較的短い持続時間の刺激を規則的に、もしくはランダムにあたえる。慣れと期待の要素を除外できる
  • fMRI検査の制限と疼痛診断治療への応用
    • fMRIは実験方法と条件、被検者の状態、解析法などの違いにより大きく異なる結果を呈することがある。したがって、fMRIの解析結果を医療のdecision makingに用いる際には非常に慎重であるべきであり、あくまでも参考程度にとどめなければならない
  • fMRIで明かされた疼痛認知脳内メカニズム “bottom-up/top-down理論”
    • 痛み関連脳活動は、刺激が継続する間に早く減衰することを見出し、このような減衰成分は痛み関連脳活動に内在する抑制性要素によるものであり、その抑制性要素が、痛みに関連しない他の神経ネットワークにも抑制性の影響を与えることを見出した
    • 末梢からbottom-upで伝達され大脳皮質に到達した痛み感覚に反応し、大脳皮質からtop-downで下行性疼痛抑制系の起始となる脳活動が発生する。これが、中脳水道灰白質を経て脊髄へと作用し、内因性鎮痛機構が成立すると考えられる
    • 補足運動野 運動に関連する領野であるが、痛みで賦活 筆者はこれを痛みの運動成分と名付けた
    • 痛みから逃げたい、痛みを取り除きたいという動機と運動準備行動、ないし筋緊張という軽微な動きが確実に存在するであろう。そのような意味で運動成分は、情動認知成分よりもさらに上位に、言い換えれば下位に(efferent)に位置し、痛み関連脳活動のtop-down成分の最終産物といえるであろう。
    • 痛み関連脳活動は、侵害受容を受け取り痛み感覚のきっかけを作るbottom-up成分に加えて、痛み感覚への情動認知反応、内因性鎮痛反応、運動反応を連鎖させるtop-down成分を含むものである。このことは、bottom-upの侵害受容が小さくなり、最終的に存在しなくなっても、痛みが残存ないし増大する慢性疼痛の機序を考察する上で、重要な示唆を与える。すなわち、top-down成分の肥大をもたらす脳の可塑的変化が、慢性疼痛を成立させる脳内メカニズムであるという仮説をたてることができる。
  • 痛み関連脳活動のtop-down成分は、他の実験でも明らかにされている
    • 痛みを与える条件づけによって、痛み刺激を期待するだけで、痛み関連脳活動に類似した脳活動が観察される
    • 他者の痛みを示唆する画像を見るだけで、あたかも自己の痛みであるように脳活動が現れる
    • 痛みの軽減を期待させるプラセボに対しても、痛みのtop-down成分を司どる前頭皮質と中脳水道灰白質が賦活することが示された
  • 腰痛関連脳活動の解明
    • low back pain matrix (LBP matrix)
    • 腰部圧迫刺激では、島皮質、運動前野、後帯状皮質などの部位がよく賦活される一方、第一次感覚皮質、第二次感覚皮質は全く賦活されないことがわかった。これは表在痛によるpain matrixのパターンとは大きくことなる。特にpain matrixの中でも最も再現性が高い第二次感覚皮質の賦活が全く見られないことは驚きであった。また後帯状皮質の賦活は健康被検者よりも慢性腰痛患者群でより広範囲に観察され、慢性腰痛患者の強い情動反応に関連する可能性が示唆された。
    • このような、後帯状皮質における疼痛関連脳活動が、慢性腰痛の治癒に伴って変化を見せるならば、将来的に、”腰痛のバイオマーカー”として役立つ可能性がある。
  • fMRIは、主観的体験である痛みを客観的に診断できる形に抽出する道具として高いポテンシャルを持つ