細井昌子 慢性疼痛の心身医療におけるNarrative Based Medicine -実存的苦悩に焦点を当てた積極的傾聴- ペインクリニック 2010;31(3):289-298 後半

  • 現代日本における慢性疼痛のnarrative
  • 年代性別によるプロトタイプ
    • 主人在宅ストレス症候群
      • 60歳前後あるいはそれ以降の主婦の慢性疼痛症例に多く観察される背景
      • 仕事一筋で無趣味だった夫が定年退職などで長時間自宅に滞在することで、妻の心身の状態が悪化し、身体化することが臨床的に観察される
      • 仕事一筋だった夫の行動は基本的に几帳面で強迫的あることにより、妻は行動を監視され、またTVあるいは新聞の報道による社会に関する情報に対して批判的な夫の言動を身近で長時間聞くことにより、「自分が起こられている」ような気分になり、夫に対して嫌悪感を強めることがある
    • 主人在宅ナイト化症候群
      • 「ナイト化」とは、仕事一筋だった夫が騎士道精神に則った女性の保護者としてのKnightのような役割行動に目覚め、それに生きがいを見出していることを指し、患者である妻に対する夫の行動パターンの観察が必要になってくる
      • 主人在宅ストレス症候群での場合、妻のパーソナリティ特性は抑圧的で成熟度が高いが、主人在宅ナイト化症候群では、妻自身が生育歴で甘えを満たされなかったことに由来する元来の依存性の高さが背景にあり、妻のパーソナリティ特性としては未成熟な部分が観察される。妻が長年心理的苦悩を語っても反応しなかった夫が、妻が身体症状を題したときにのみ擁護的に関わり(ナイト化)、依存性を強化し悪循環に陥っている。
      • 受療行動の違い 主人在宅ストレス症候群は患者である妻がひとりで自立的に受診 主人在宅ナイト化症候群では強い疼痛行動を示す妻にかいがいしくつきそう夫の姿が特徴的
      • 興味深い特徴として、そういった症例に対して、様々な苦労の末、一旦、妻の症状が緩和して発症前のように自立的になったとしても、夫はあまり嬉しそうに見えないことがある
      • 社会の中で強い役割意識をもって強迫的に頑張ってきた夫は趣味活動を楽しむという行動特性を持たず、妻の介護という役割行動に意欲を燃やしているという夫側の病態が潜在化していると考えることもできる
      • こういった妻側、夫側の双方の背景がからんだ病態であることから、夫婦双方あるいは子どもに対する家族療法を行うことで、自体が安定化する可能性がある
      • 妻の疼痛行動と夫の介護行動という不適応な対処行動でない、健康的で適応的な共同作業(料理、カラオケでのデュエット、釣り、卓球など)を模索していき、家族間に一体感を作っていくことが重要である
    • 昭和燃え尽き症候群
      • 戦後日本の上昇期に生育し、企業や官庁などの職場でワーカホリックな生活の中で活躍し、昭和の時代背景の下、男社会の中で社会生活に高揚した思い出がある男性が、社会生活から引退後に腰部の整形外科疾患あるいは全身各所の悪性疾患などに罹患し、器質的治療を十分に受けた後も痛みが残存しているパターンの慢性疼痛がある
      • 妻や子ども達と心理的な苦悩をお互いに語れる関係性が育っていないために、身体的な訴えに対してのみかろうじて家族成員が擁護的に反応すると、オペラント型の疼痛行動の強化がおこり、孤独の回避という社会報酬が随伴し、疼痛行動が持続し、身体的アプローチで改善しないタイプの難治化した慢性疼痛の病態が形成されている
    • 女丈夫症候群
      • 30歳台以降の女性で、線維筋痛症などの症例に認められるプロトタイプ
      • 男性優位の社会背景の下、養育の家庭で女性であることでの忍耐を強いられ、過保護に対応される周囲の男性を献身的に支持するという自己犠牲的行動特性で周囲から信頼され頼られてきた(丈夫)タイプの女性患者のプロトタイプ
      • かなりの負荷をかけてもどうにか乗り切れたことから、休養を入れることが不得手で、完璧主義に徹する傾向があり、何らかの問題が起こった際に自分にとって不利益になるような決着のつけ方をとることが多い
      • 多くは強い兄弟葛藤があり、大切にされた兄姉あるいは弟妹に対する「妬み」や甘えさせてくれなかった母への「恨み」、冷たい言動をうけた父への「怒り」など強い陰性感情を抑圧している
      • 未婚型、既婚型、離婚型
  • 人間は究極の選択を迫られると場合によっては身体的な痛みよりも孤独・葛藤など社会的苦悩を避ける傾向があるということも、理解しておくことが重要である