心理社会的因子が影響している痛みへのアプローチ

細井昌子 心理社会的因子が影響している痛みへのアプローチ JOHNS 2016;32(5):629-632

  • 痛みの定義 国際疼痛学会 1994
    • 組織の実質的あるいは潜在的な傷害に結びつくか、このような傷害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験
  • つまり、本人が痛いという言葉で伝える苦痛・苦悩体験が痛みであるが、個人がその言葉で表す体験にはさまざまな人生の苦悩を内包しており、その多様性が医療現場における痛み診療を困難にしている
  • 心理的な要因が身体的な症状として影響する関係性は”心身相関”と表現される
  • 末梢からの痛覚情報がさまざまなメカニズムで心理社会的因子により痛みが増大する様式 6つ
    • #1 強迫的な認知に伴う過剰活動による頭頚部痛や運動器痛:養育環境で几帳面・完璧主義を良しとする環境で獲得され習慣化した行動による過剰使用に伴う痛み
    • #2 上記の認知行動にともなう交感神経系の活性化に伴う痛み:緊張型頭痛や上下部消化管機能障害・Oddi 括約筋傷害など
    • #3 心理社会的ストレス(家庭や社会での疎外感、対人不信、理不尽感、喪失感、罪悪感、劣等感、自己否定感)による社会的痛みの増大:痛みの不快情動に関連する脳部位(島皮質や前部帯状回)を活性化し、痛みの不快感を増大
    • #4 #3の心理社会的ストレスにともなう自律神経機能異常に伴う痛み
    • #5 #3の慢性化や交通外傷後の自律神経不全を基盤とした気象の影響(気圧の変化など)による痛みの増悪(気象痛)
    • #6 慢性ストレスに伴う下行性痛覚抑制系の機能低下
  • 心身相関の理解は患者本人ではほとんど理解されていない
  • 入院環境では、生活環境の変化とともに対人交流で生じた不快情動で痛み症状が推移することを経験し、それを些細なことでも話し合えるようになった治療者と語ることにより、心身相関を患者自身が実感できるようになる
  • 難治化した慢性疼痛症例では、現在の心理社会的ストレスばかりに注目がいきがちである。あるいは発症時の心理社会的ストレスが痛みを惹起したと考えがちであるが、発症は身体的疾患の通常の発症機序であっても、準備状態として長年にわかる心理社会的ストレスが影響していることが多い
  • したがって、幼少期からの養育環境、学童期・思春期における学校やコミュニティにおける適応状況、成年後の家庭や職場における心理社会的ストレスについての聴取は、現在の患者の認知・情動・行動様式を理解するために重要である
  • 両親の養育スタイルが、本人の気持ちに関係なく過干渉になっていたか(過干渉)という観点は、うつ病摂食障害過敏性腸症候群などで影響していることが知られている
  • 心理的に厳しい環境の中で、安心感のない交感神経系優位の身体状態が持続することで、急性疼痛が何らかのメカニズムで発症した後の回復が起こりくくなることが推定される
  • 安心感が得られない家庭環境では、交感神経系が過緊張となるため、体感が鈍くなり、いわゆる失体感の状態(失体感症:alexisomia)が慢性疼痛の準備因子として存在しているようである
  • そのため、生体の警告信号がうまく機能せず、痛みを感じない範囲での活動にとどまれずに強迫的な活動を許容してしまい、物事がひと段落した後しばらく経過してリラックスした後に痛みが突然に出現し、対応に苦慮することになっている
  • 同様に、緊張が持続する生活環境で、自身の気持ちを気楽に話せないと、日常生活で生じた”もやもや”を明らかにすることができずに、自身の感情を同定できずに言語化出来ない特性である失感情の状態(失感情症:alexithymia)となり、これも慢性疼痛の準備状態や持続増悪に関わる因子として重要である
  • 以上のように、被養育体験を明らかにして、養育環境でのストレスを理解し、慢性疼痛になる準備状態である失体感・失感情に関して、患者に理解を促す心理教育的アプローチは有効である。なぜならば、痛みの発症因子に対しては通常医学的対処が十分に対応されることが多く、難治化した症例では、痛みの準備因子は多くは痛みの増悪因子にもなっており、被養育体験での苦悩や失体感・失感情への治療介入することが、慢性疼痛の苦痛・苦悩の改善のために有用であるからである

運動器に対する疼痛管理の重要性

志波直人 運動器に対する疼痛管理の重要性 臨整外 2016;51(10):952-956

  • 廃用による筋萎縮 活動性低下の早期から萎縮が大きく、一日0.5-1%の萎縮がおこる
  • 加齢による筋萎縮 一年に約1%
  • サルコぺニア 身体機能障害、生活の質の低下、死のリスクを伴うものであり、進行性、全身性に認める筋肉量の低下を特徴とする症候群
  • 運動による筋肉由来のマイオカインは、血流を介してホルモン様作用を示し、全身の組織に働く
  • 運動のクロストークによるマイオカインと、それらの効果に関する多くの全身の予防的、治療的な利益に関するエビデンスから、「運動は真のポリピルpolypill」とされる

牛田享宏 痛みのメカニズムに応じた集学的治療 臨整外 2016;51(11):1066-1068

  • 慢性痛に対する治療のゴール設定は、治療方針を決定する上で最も重要である。慢性痛患者においては、痛みの完全除去を目指すことは、かえって治療を難しくさせていることが多い。むしろ、体や心を健全化させ、痛くても生きがいを持てる生活を送ることができる状況を作ることで、痛みによる苦渋などの情動的な問題を改善させていくことを目標とする
  • 患者は、「痛みを取り切りたい」と訴えることが多いが、「痛みがあっても日常生活に困らない」ようにシフトさせていくことが重要であり、慢性痛治療において認知行動療法は大いに期待できるが、まずは慢性痛治療に対する認知行動療法プログラムを確立し、施術者を育てることが急務であると考える

薬物で解決できない慢性疼痛

笠原諭、國井泰人、丹羽真一 薬物で解決できない慢性疼痛 臨整外 2017;52(1):76-79

  • 慢性疼痛の治療を難渋化させる最初の要因として、パーソナリティ障害の合併がある
    • パーソナリティ傷害の有病率 一般人口 9-15.7%
    • 慢性疼痛外来 40-70%
    • 筆者の外来患者 強迫性 39%、依存性 22% 演技性 4%
  • 強迫性と依存性はC型パーソナリティ(不安が強く他者を立てる傾向、配慮の行き届いた人物と周りに思われることが多い)に属する
  • これは、わが国では時として美徳な性格ともとらえられてしまう場合もあり、診断が見逃されている可能性が高い
  • 通常の認知行動療法は効果が得られにくい
  • 慢性疼痛患者にパーソナリティ障害の合併が多い 過去と現在の身体的虐待や性的虐待が、症状の進展と維持に関与するということが明らかにされている
  • パーソナリティ傷害では、全般に、幼少期のネグレクト、身体的・性的虐待、いじめなどの精神的な外傷体験が高い確率で認められている

合併する発達障害

  • 慢性疼痛患者の中には、ADHDを合併する一群があり、これらは注意伝導性の障害により痛みに過度に集中したり、また実行機能の障害からもさまざまな生活場面で不適応をきたしやすいために、慢性疼痛を合併しやすいのではないかと考えられる
  • ADHD 発達障害のなかでは、薬物療法への反応が比較的よいので、慢性疼痛診療において注目すべき重要な要因の一つであると考えている
  • 両価性
    • 患者は痛みで困っているため「変わりたい」という気持ちと、いぽうで、痛みのために受けている利得もあるため「変わるのも大変だ」という気持ちの双方で葛藤し両価的であることがおおい。
    • そのため、治療者が、「行動を変えよう!」「運動をしよう!」と推すと、「はい、それはわかっているんです。でも」「痛みさえ軽くなればできるんです」という抵抗反応を引き出してしまいやすい。このような抵抗反応を示した場合、その後に患者が行動を変えないことを予測させることがわかっている。患者は自分の”抵抗する発言”を聞き、そして変わらないことを決意してしまう
    • 治療者が正論で説得しようとすればするほど、患者に反対の意見を述べさせ、ますます患者を意固地にさせてしまう。これも治療を難しくさせる要因である
    • しかし、そのような患者の抵抗反応は、治療者の応答次第で増減することもわかっており、対決的・指示的で患者を説得させようとする診察は、抵抗を高頻度に起こすが、共感的に接し、患者自身に語らせながら行う診察は、変わることを前向きな発言を引き出しやすい
  • このような両価的な段階を乗り越え、患者本人に変わることについて考えさせ、語らせ、その発言を通して決意し実行させる技術として、動機付け面接法とう対話法がある
  • パーソナリティ障害の分類
    • A群 オッドタイプ 非現実的な思考にとらわれやすい シゾイドパーソナリティ障害、失調型パーソナリティ障害、妄想性パーソナリティ障害
    • B群 ドラマチックタイプ 劇的変動、自己アピールと周囲を巻き込む 境界性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害、演技性パーソナリティ障害、反社会性パーソナリティ障害
    • C群 アンクシャスタイプ 自己主張は控えめ、不安、他者本位で美徳とも 回避性パーソナリティ障害、依存性パーソナリティ障害、強迫性パーソナリティ障害

「慢性痛の心理アセスメント:私の診療現場から」を読んで

島敏光 「慢性痛の心理アセスメント:私の診療現場から」を読んで ペインクリニック 2016;37(11):1367-1373

  • 一般的に、慢性痛患者は医療者や家族が自身の苦痛を十分に理解していると感じ、さらに治療に納得できる説明がなされている場合は痛みに耐えることができる
  • 慢性痛患者の心理社会的要因 伊達久
    • 生育歴に問題がある場合
    • 労働災害患者や事故による被害者
    • 知的障害にある患者
    • 医療に対して怒りのある患者
  • 支持的カウンセリングでは、患者に問診する際に信頼関係の形成に留意すること、本人しかわからない苦痛を理解しようとする姿勢を示すこと、痛みを軽減するために力になりたいという気持ちを示すことが重要であるが、その時に「コンテンツ」として具体的な情報とともに、「交流のパターン」を把握する重要性を細井先生は説いている
  • 「なぜこの患者はこのような他者否定の考え方が身についたか」に興味をもって、生育歴を聞くと、患者自身が養育環境で人間としての尊重を受けられなかったことが多いとしている
  • 細井先生は最初から心理的につらい話を聞き出すことが難しい場合は、話しやすい趣味のことなどから聞き始めることをすすめている
  • 失感情症傾向 「心理的な葛藤を口にする」ということが「無駄なことではない」ということを認識させることが重要であるとしている
  • 失感情症の患者が長年抑圧してきた不快情動を治療者に話すと、「胸うちを洩らす」ことに慣れていために、自分の感情を吐露させた治療者に一時的に怒りが生まれることがあるという
  • 治療としては、「反芻」患者には、「痛みについて考えない」ように指導するのではなく、それを気づかせることが重要である
  • 細井先生は、慢性痛の心身医療の領域は「人が人を癒やす」ことが重要で、治療的対話の中で初めて理解される「人の苦痛」があり、その苦痛をしっかりと受け止めることで「救われる体験」が得られるとしている。これは、まさに「ケア」といえる
  • NBMとは、患者との対話を通して病気になった理由や経緯、また、患者が病気について現在どのように考えているかなど、患者の話す「物語」から、私たちは病気の背景や人間関係を理解して患者の抱えている問題に対して全人的にアプローチするものでる。その際に重要なのが、患者に共感し、受け入れ、思いやりの心をもって傾聴に努め、患者に気付きを与えることである

Why ‘Useless’ Surgery Is Still Popular

New York Times AUG. 3, 2016

  • Take what happened with spinal fusion, an operation that welds together adjacent vertebrae to relieve back pain from worn-out discs. Unlike most operations, it actually was tested in four clinical trials. The conclusion: Surgery was no better than alternative nonsurgical treatments, like supervised exercise and therapy to help patients deal with their fear of back pain.
  • Spinal fusion rates continued to soar in the United States until 2012, shortly after Blue Cross of North Carolina said it would no longer pay and some other insurers followed suit.
  • “It may be that financial disincentives accomplished something that scientific evidence alone didn’t,” Dr. Deyo said.
  • In 2009, the prestigious New England Journal of Medicine published results of separate clinical trials on a popular back operation, vertebroplasty, comparing it to a sham procedure. They found that there was no benefit — pain relief was the same in both groups.
  • “I think there is a placebo effect not only on patients but on doctors,” Dr. Kallmes adds. “The successful patient is burned into their memories and the not-so-successful patient is not. Doctors can have a selective memory that leads them to conclude that, ‘Darn it, it works pretty well.’”
  • (surgery for a torn meniscus) The result: The surgery offered little to most who had it. Other studies came to the same conclusion, and so did a meta-analysis published last year of nine clinical trials testing the surgery. Patients tended to report less pain — but patients reported less pain no matter what the treatment, even fake surgery.
  • An accompanying editorial came to a scathing conclusion: The surgery is “a highly questionable practice without supporting evidence of even moderate quality,” adding, “Good evidence has been widely ignored.”
  • Of course, how they choose might depend on how the choice is presented.
  • “I personally think the operation should not be mentioned,” he says, adding that in his opinion the studies indicate the pain relief after surgery is a placebo effect. But if a doctor says anything, Dr. Guyatt suggests saying this: “We have randomized clinical trials that produce the highest quality of evidence. They strongly suggest that the procedure is next to useless. If there is any benefit, it is very small and there are downsides, expense and potential complications.”

Lower Back Ache? Be Active and Wait It Out, New Guidelines Say

New York Times FEB. 13, 2017

  • “We need to look at therapies that are nonpharmacological first,” he said. “That is a change.”
  • The group did not address surgery. Its focus was on noninvasive treatment.
  • The new guidelines said that doctors should avoid prescribing opioid painkillers for relief of back pain and suggested that before patients try anti-inflammatories or muscle relaxants, they should try alternative therapies like exercise, acupuncture, massage therapy or yoga.
  • “For acute back pain, the analogy is to the common cold,” Dr. Deyo said. “It is very common and very annoying when it happens. But most of the time it will not result in anything major or serious. ”
  • Scans, like an M.R.I., for diagnosis are worse than useless for back pain patients, members of the group said in telephone interviews. The results can be misleading, showing what look like abnormalities that actually are not related to the pain.
  • Many people with chronic back pain tend to shut down, avoiding their usual activities, afraid of making things worse, Dr. Standaert said. Helping them is not a matter of prescribing drugs but rather teaching them to set goals and work toward returning to an active life, even if they still have pain.
  • Dr. Weinstein has a prescription: “What we need to do is to stop medicalizing symptoms,” he said. Pills are not going to make people better and as for other treatments, he said, “yoga and tai chi, all those things are wonderful, but why not just go back to your normal activities?”
  • “I know your back hurts, but go run, be active, instead of taking a pill.”