運動器に対する疼痛管理の重要性

志波直人 運動器に対する疼痛管理の重要性 臨整外 2016;51(10):952-956

  • 廃用による筋萎縮 活動性低下の早期から萎縮が大きく、一日0.5-1%の萎縮がおこる
  • 加齢による筋萎縮 一年に約1%
  • サルコぺニア 身体機能障害、生活の質の低下、死のリスクを伴うものであり、進行性、全身性に認める筋肉量の低下を特徴とする症候群
  • 運動による筋肉由来のマイオカインは、血流を介してホルモン様作用を示し、全身の組織に働く
  • 運動のクロストークによるマイオカインと、それらの効果に関する多くの全身の予防的、治療的な利益に関するエビデンスから、「運動は真のポリピルpolypill」とされる

牛田享宏 痛みのメカニズムに応じた集学的治療 臨整外 2016;51(11):1066-1068

  • 慢性痛に対する治療のゴール設定は、治療方針を決定する上で最も重要である。慢性痛患者においては、痛みの完全除去を目指すことは、かえって治療を難しくさせていることが多い。むしろ、体や心を健全化させ、痛くても生きがいを持てる生活を送ることができる状況を作ることで、痛みによる苦渋などの情動的な問題を改善させていくことを目標とする
  • 患者は、「痛みを取り切りたい」と訴えることが多いが、「痛みがあっても日常生活に困らない」ようにシフトさせていくことが重要であり、慢性痛治療において認知行動療法は大いに期待できるが、まずは慢性痛治療に対する認知行動療法プログラムを確立し、施術者を育てることが急務であると考える

薬物で解決できない慢性疼痛

笠原諭、國井泰人、丹羽真一 薬物で解決できない慢性疼痛 臨整外 2017;52(1):76-79

  • 慢性疼痛の治療を難渋化させる最初の要因として、パーソナリティ障害の合併がある
    • パーソナリティ傷害の有病率 一般人口 9-15.7%
    • 慢性疼痛外来 40-70%
    • 筆者の外来患者 強迫性 39%、依存性 22% 演技性 4%
  • 強迫性と依存性はC型パーソナリティ(不安が強く他者を立てる傾向、配慮の行き届いた人物と周りに思われることが多い)に属する
  • これは、わが国では時として美徳な性格ともとらえられてしまう場合もあり、診断が見逃されている可能性が高い
  • 通常の認知行動療法は効果が得られにくい
  • 慢性疼痛患者にパーソナリティ障害の合併が多い 過去と現在の身体的虐待や性的虐待が、症状の進展と維持に関与するということが明らかにされている
  • パーソナリティ傷害では、全般に、幼少期のネグレクト、身体的・性的虐待、いじめなどの精神的な外傷体験が高い確率で認められている

合併する発達障害

  • 慢性疼痛患者の中には、ADHDを合併する一群があり、これらは注意伝導性の障害により痛みに過度に集中したり、また実行機能の障害からもさまざまな生活場面で不適応をきたしやすいために、慢性疼痛を合併しやすいのではないかと考えられる
  • ADHD 発達障害のなかでは、薬物療法への反応が比較的よいので、慢性疼痛診療において注目すべき重要な要因の一つであると考えている
  • 両価性
    • 患者は痛みで困っているため「変わりたい」という気持ちと、いぽうで、痛みのために受けている利得もあるため「変わるのも大変だ」という気持ちの双方で葛藤し両価的であることがおおい。
    • そのため、治療者が、「行動を変えよう!」「運動をしよう!」と推すと、「はい、それはわかっているんです。でも」「痛みさえ軽くなればできるんです」という抵抗反応を引き出してしまいやすい。このような抵抗反応を示した場合、その後に患者が行動を変えないことを予測させることがわかっている。患者は自分の”抵抗する発言”を聞き、そして変わらないことを決意してしまう
    • 治療者が正論で説得しようとすればするほど、患者に反対の意見を述べさせ、ますます患者を意固地にさせてしまう。これも治療を難しくさせる要因である
    • しかし、そのような患者の抵抗反応は、治療者の応答次第で増減することもわかっており、対決的・指示的で患者を説得させようとする診察は、抵抗を高頻度に起こすが、共感的に接し、患者自身に語らせながら行う診察は、変わることを前向きな発言を引き出しやすい
  • このような両価的な段階を乗り越え、患者本人に変わることについて考えさせ、語らせ、その発言を通して決意し実行させる技術として、動機付け面接法とう対話法がある
  • パーソナリティ障害の分類
    • A群 オッドタイプ 非現実的な思考にとらわれやすい シゾイドパーソナリティ障害、失調型パーソナリティ障害、妄想性パーソナリティ障害
    • B群 ドラマチックタイプ 劇的変動、自己アピールと周囲を巻き込む 境界性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害、演技性パーソナリティ障害、反社会性パーソナリティ障害
    • C群 アンクシャスタイプ 自己主張は控えめ、不安、他者本位で美徳とも 回避性パーソナリティ障害、依存性パーソナリティ障害、強迫性パーソナリティ障害

「慢性痛の心理アセスメント:私の診療現場から」を読んで

島敏光 「慢性痛の心理アセスメント:私の診療現場から」を読んで ペインクリニック 2016;37(11):1367-1373

  • 一般的に、慢性痛患者は医療者や家族が自身の苦痛を十分に理解していると感じ、さらに治療に納得できる説明がなされている場合は痛みに耐えることができる
  • 慢性痛患者の心理社会的要因 伊達久
    • 生育歴に問題がある場合
    • 労働災害患者や事故による被害者
    • 知的障害にある患者
    • 医療に対して怒りのある患者
  • 支持的カウンセリングでは、患者に問診する際に信頼関係の形成に留意すること、本人しかわからない苦痛を理解しようとする姿勢を示すこと、痛みを軽減するために力になりたいという気持ちを示すことが重要であるが、その時に「コンテンツ」として具体的な情報とともに、「交流のパターン」を把握する重要性を細井先生は説いている
  • 「なぜこの患者はこのような他者否定の考え方が身についたか」に興味をもって、生育歴を聞くと、患者自身が養育環境で人間としての尊重を受けられなかったことが多いとしている
  • 細井先生は最初から心理的につらい話を聞き出すことが難しい場合は、話しやすい趣味のことなどから聞き始めることをすすめている
  • 失感情症傾向 「心理的な葛藤を口にする」ということが「無駄なことではない」ということを認識させることが重要であるとしている
  • 失感情症の患者が長年抑圧してきた不快情動を治療者に話すと、「胸うちを洩らす」ことに慣れていために、自分の感情を吐露させた治療者に一時的に怒りが生まれることがあるという
  • 治療としては、「反芻」患者には、「痛みについて考えない」ように指導するのではなく、それを気づかせることが重要である
  • 細井先生は、慢性痛の心身医療の領域は「人が人を癒やす」ことが重要で、治療的対話の中で初めて理解される「人の苦痛」があり、その苦痛をしっかりと受け止めることで「救われる体験」が得られるとしている。これは、まさに「ケア」といえる
  • NBMとは、患者との対話を通して病気になった理由や経緯、また、患者が病気について現在どのように考えているかなど、患者の話す「物語」から、私たちは病気の背景や人間関係を理解して患者の抱えている問題に対して全人的にアプローチするものでる。その際に重要なのが、患者に共感し、受け入れ、思いやりの心をもって傾聴に努め、患者に気付きを与えることである

Why ‘Useless’ Surgery Is Still Popular

New York Times AUG. 3, 2016

  • Take what happened with spinal fusion, an operation that welds together adjacent vertebrae to relieve back pain from worn-out discs. Unlike most operations, it actually was tested in four clinical trials. The conclusion: Surgery was no better than alternative nonsurgical treatments, like supervised exercise and therapy to help patients deal with their fear of back pain.
  • Spinal fusion rates continued to soar in the United States until 2012, shortly after Blue Cross of North Carolina said it would no longer pay and some other insurers followed suit.
  • “It may be that financial disincentives accomplished something that scientific evidence alone didn’t,” Dr. Deyo said.
  • In 2009, the prestigious New England Journal of Medicine published results of separate clinical trials on a popular back operation, vertebroplasty, comparing it to a sham procedure. They found that there was no benefit — pain relief was the same in both groups.
  • “I think there is a placebo effect not only on patients but on doctors,” Dr. Kallmes adds. “The successful patient is burned into their memories and the not-so-successful patient is not. Doctors can have a selective memory that leads them to conclude that, ‘Darn it, it works pretty well.’”
  • (surgery for a torn meniscus) The result: The surgery offered little to most who had it. Other studies came to the same conclusion, and so did a meta-analysis published last year of nine clinical trials testing the surgery. Patients tended to report less pain — but patients reported less pain no matter what the treatment, even fake surgery.
  • An accompanying editorial came to a scathing conclusion: The surgery is “a highly questionable practice without supporting evidence of even moderate quality,” adding, “Good evidence has been widely ignored.”
  • Of course, how they choose might depend on how the choice is presented.
  • “I personally think the operation should not be mentioned,” he says, adding that in his opinion the studies indicate the pain relief after surgery is a placebo effect. But if a doctor says anything, Dr. Guyatt suggests saying this: “We have randomized clinical trials that produce the highest quality of evidence. They strongly suggest that the procedure is next to useless. If there is any benefit, it is very small and there are downsides, expense and potential complications.”

Lower Back Ache? Be Active and Wait It Out, New Guidelines Say

New York Times FEB. 13, 2017

  • “We need to look at therapies that are nonpharmacological first,” he said. “That is a change.”
  • The group did not address surgery. Its focus was on noninvasive treatment.
  • The new guidelines said that doctors should avoid prescribing opioid painkillers for relief of back pain and suggested that before patients try anti-inflammatories or muscle relaxants, they should try alternative therapies like exercise, acupuncture, massage therapy or yoga.
  • “For acute back pain, the analogy is to the common cold,” Dr. Deyo said. “It is very common and very annoying when it happens. But most of the time it will not result in anything major or serious. ”
  • Scans, like an M.R.I., for diagnosis are worse than useless for back pain patients, members of the group said in telephone interviews. The results can be misleading, showing what look like abnormalities that actually are not related to the pain.
  • Many people with chronic back pain tend to shut down, avoiding their usual activities, afraid of making things worse, Dr. Standaert said. Helping them is not a matter of prescribing drugs but rather teaching them to set goals and work toward returning to an active life, even if they still have pain.
  • Dr. Weinstein has a prescription: “What we need to do is to stop medicalizing symptoms,” he said. Pills are not going to make people better and as for other treatments, he said, “yoga and tai chi, all those things are wonderful, but why not just go back to your normal activities?”
  • “I know your back hurts, but go run, be active, instead of taking a pill.”

麻酔臨床のリスクとその回避

井原裕 麻酔臨床のリスクとその回避 ペインクリニック 2017;38(2):189-196

  • 難しい患者に慣れているはずの精神科医にとっても、慢性疼痛患者は難物中の難物である
  • 精神科医の老婆心ながら、若干心配したくなるのは、麻酔科医たちが治療関係に潜在するリスクを推測する習慣がない点である
  • われわれ精神科医の場合、毎日、医師ー患者関係を廻って、「しまった」と思う経験ばかりしている。そのためもあって、症例検討を繰り返して、小さな失敗を振り返って、最悪の失敗を避ける工夫をしている
  • カンファレンス 患者が自身の疼痛をどう捉え、どのようなことをこちらに期待しているのか、それにたいしてこちらとしてできることは何かについて議論する。患者の期待するものと、こちらが提供できるものとの間には乖離があり、そのすり合わせが議論の焦点となる
  • われわれからすれば、麻酔科医は危険な治療関係の中に、その危険を察知することなく、足を踏み入れているように見える
  • 「課題は体力の回復です。それなくしては、身体が小さな痛みに敏感になり過ぎる。まずは、日中、布団から離れること。今の生活はがん患者の末期のようです。首も腰も痛く、みぞおちも違和感があるかもしれないが、しかし、今のところ「死に至る病」ではなさそうだ。となれば、痛みを完全になくすことを考えるのではなく、まずは、痛みとの平和共存を図ること、そして、痛みがあっても、日常の生活は普通に送り、とりわけ、体力回復のための活動を自らに課すことです。
  • 初回診察の際に医療にはできることとできないことがあるということ、すでに複数の医療機関で治療を受け、成果を得られなかったことから、今回、当科で治療を引き受けても同様な残念な結果に終わる可能性もあることをお含みいただきたいということ、さらには、慢性疼痛の治療には生活習慣の改善が不可欠であり、一定の自助努力をしない限り、成果は得られないであろうことなどを、事前に十分に説明する必要がある
  • そして、話し合いが物別れに終わる可能性も想定しておく。その場合、「これでは信頼関係を基にした治療は難しいように思う。双方が不信感を持ちながら治療を続けることはお互いにとって不幸であり、十分満足いただけるような医療機関を他所にお探しになってはどうか」というような、最後通告すら伝えるタイミングを見計らう。もちろん、そうならずに、話し合いによって双方の譲歩・妥協点を見出していくことが望ましい
  • 不眠と疼痛を訴える高齢者
  • 検討会で議論すべきは、当日行う予定の処置、投薬と、予想される効果、それとともに患者自身の期待度を見計らい、本人が予想される効果を上回る期待を抱いていないかを検討する。その場合、本人の効果についての期待を現実的な範囲に止めるためにどう説明するかを、事前に考えておく。
  • また、前回診察時に生活習慣についての指導を行っている場合、本人のセルフケア能力を考慮して、どの程度の達成が出来ているかを予想する。本人がセルフケアを怠っている場合、いかに自助努力を促すかの指導の語り方についても話し合っておく。また自助努力に乏しい患者に関しては、誰か家族でキーパーソンとなる人はいないか、その人を交えた家族面談をどのタイミングで持つべきかなども話し合いたい
  • ペインクリニックの医師にとっての最大のストレスは、効果が不十分な時に患者の「先生、効かないんですが」という恨めしそうな表情をみることである。今日の外来でも何人かの患者はそんな表情をみせるであろう。その時にどのような言葉を返すか、そのことを事前にリハーサルしておけば、いざ、その時が来ても余裕をもって対応できるであろう
  • 慢性疼痛に関しても大切なことは、「現代医学をもってしても治せない痛みもある」、「痛みはなくなるかもしれない、なくならないかもしれない」「少なくとも軽くはなる、最悪の場合でも人生がおわるわけではない」「一番良くないのは、痛みを理由にあらゆる活動から撤退することで、できることはなる。それを、今やっていきましょう」といった現実的な指導を行うことであろう。